忽滑谷昭太郎 −instrementals

学生時代から「絵画」とは、「美術」とは何かと弄っていた。はっきりとはしないが、表現したいという衝動だけは確かなことだった。 木片に釘を無数に打ち込んだりもしたが、やがてキャンヴァスに絵具を使うようになる。

彼にとっての絵画とは、美術史や理屈ではなく、それを学んだとしても、もっと感情的な衝動の迸りであろうと思えた。 色とイメージの溢れるような、そこに又、音が聴こえるような画面になっている。

流行の具体的で判り易く、しかしどこか覚めた、他人事のような表現ではなく、泥臭くても熱い画面になっているところに好感が持てる。

これからも、この活きた感情を大切に、絵画に打ち込んでほしいと願っている。

T/A

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